今日は3回目の参加となる「とほとほ倶楽部」。
妹も今日の日の為に千葉から来たのです。
子供達はプースケにみてもらってGO!
さて、お題は「巨大仁徳陵VS自治都市 堺」
元学校の社会科の先生だった方がいつも素敵なコースを組んでくれます。感謝!
山歩き中心だった前回とは打ってかわって今回は都市型コース★
こんな副題と解説をつけてご案内下さいました。
↓
~時空超え大和王権と“東洋のベニス”の夢たどる~
「身近でありながら、これまで歩かなかった仁徳天皇陵を始めとする百舌鳥古墳群、中世に自治都市として広く世界で知られ「東洋のベニス」などと称された堺の街を目指します。
堺は千利休をはじめとする茶人にもゆかりの深い街で、その史跡も巡ります。」
大阪市営地下鉄天王寺駅西改札口集合
↓
<阪堺電気軌道 天王寺駅前 発>
↓
大阪・堺を結ぶ交通機関として100年余、街中を穏やかに走ります200円!!
<妙国寺前着>
↓
小西行長屋敷跡
秀吉に仕えた行長は、キリシタン大名。堺の薬商の子でした。
近くの西ルイス宅跡も訪ねます。
こちらもキリシタン。
家康の庇護下で南方貿易を進めた西宗真の洗礼名です。
<え~!これが小西行長屋敷跡~!?>
っと一同ちょっと気抜けした感じで★
<ザビエル公園>
1550年に堺を訪れた宣教師ザビエルを手厚くもてなした豪商、日比屋了慶の屋敷跡です。
↓
<南蛮橋>
橋からポルトガル人が佇んでいます。
↓
<千利休屋敷跡>
宗薫は千利休・津田宗及と並び称される茶人、今井宗久の子。
紹鷗はわび茶の祖、村田珠光の流れを汲み、利休・宗久らを指導した人物。茶道がこの地で育まれたことを物語ります。
↓
今井宗薫屋敷跡
↓
武野紹鷗屋敷跡
↓
< 「美々卯」 堺店で昼食>
大阪名物、うどんの美々卯は堺で200年続いた「耳卯楼」がルーツでした。
実はそばも有名!ということで、十割そばを頂きました★
おいしい~♪
↓
<南宗寺>
戦国大名の三好長慶が父・元長の菩提を弔うために建てた寺。
「枯山水」
<南相寺内「実相庵」>
千利休好みと伝わる。
明治9年(1876)南宗寺で博覧会が開催され、
塩穴寺にあった千利休ゆかりの茶室 実相庵を移築、
昭和20年(1945)空襲で焼失、昭和38年(1963)再建。
<南相寺内にある徳川家康の墓>
えっ?と思うほどこじんまりと。
徳川家康は大坂夏の陣のとき、槍で突かれ、討ち死にしたという伝説がこの南宗寺にはあり。
合戦中のため、家康の死は秘密にされ、遺骸を南宗寺の開山堂の下へ仮に葬り、その後、無銘の供養塔が建てられたとされています。
ちなみに、その後の家康は影武者が務めたとのことです。
秀吉に打ち首にされた茶人、山上宗二を弔う供養塔があります。
履中天皇陵
↓
七観音古墳
↓
大仙公園
世界遺産登録へ動向が注目される百舌鳥古市古墳群のうち百舌鳥古墳群の主要なものを見て回りま
す。
前方後円墳の中で規模が日本3位の履中天皇陵(全長約360m)、その陪塚(ばいちょう)の
七観音古墳、大仙公園では日本一の前方後円墳、仁徳天皇陵(全長486m)の陪塚群が点在します。
<仁徳天皇陵>
航空写真のように雄大さは見えませんが、足で規模の大きさを実感。
↓
<堺市役所21階展望ロビー>
ここは周囲で仁徳陵を見渡せるもっとも眺望のよいスペース。無料です。
↓
<「居酒屋囲炉裏乃逸品」で宴>
市役所に近い南海・堺東駅前は通称「ガシバル」と呼ばれる居酒屋群があります。
日曜にも関わらず空いているお店で乾杯!
アボガドの天麩羅、たまりません!
↓
南海・堺東駅で皆と解散した後、妹とスィーツを
<ゴディバ 抹茶のショコラリキサー>
うーん、幸せ~♪
盛りだくさんの1日。
次回はどこに行くのかな?
楽しみです★
そしてプースケに感謝!
【おまけ】
今日は、私の留守中にプースケが子供達をしいたけ狩りへ連れて行ったそうです。
<お土産にとってきた立派なしいたけ>
狩りたてをBBQで焼いて食べたんだそうです★
いいな~。